軽井沢の山荘(吉村別荘)
建築家 吉村 順三
面 積 87.7㎡
建築年 1962 : S37年
所在地 長野県北佐久郡旧軽井沢町
鳥になったような暮らしができる家
音までも消し去るような炎天の下、せせらぎの音が心地よい。緩やかな坂道を歩きながら噴出す汗をぬぐい、このような時に訪れることを後悔し始めた頃、ようやく山荘の敷地に辿り着いた。路を左に曲がると、樹齢を重ねた深い緑の中を縫うような小径の向こうには、樹々の間から見える軽井沢の山荘は、敷地に溶け込みまるで鳥の巣のように浮かんでいる。
2階平面図 |
手招きをしているようにも見える、コンクリート打ち放しのスラブ下に吉村氏が立ち、手を振ってらしゃる。
「暑かったでしょう。年に数日、ここ軽井沢でも30℃を超える日もあるようです、なかなか味わえない経験ですね」
大きく張り出したスラブの下には、この山荘を建てるために切り倒した楡の木でこしらえたベンチに夫人が腰掛け、テーブルにはランチの用意がしてある。
「この場所は外の暮らしの間に使っています。第二の居間・食堂として、時にはコンサートホールとして、そうそう家内もここでバイオリンの練習をしていますよ。食事ができるまで、少し時間がありますから先にご案内しましょうか」
「それは、ありがとうございます」
「この敷地を見た時には、ただ樹の上で鳥になったように暮らす家を造りたいと思いました。そして1階と2階の用途、建築的要素、経済性、気候、不在にすることも多いので防犯のことも考えると、おのずとこのようなかたちになったのです」
氏は思い出すかのように語りかけてくれる。
「軽井沢のこの辺りは高い樹々が多く強い風も吹かず、湿気が地を這うように流れます。また、1階を小さくしておけば霧が舞い上がることも少ないのです、そしてお風呂も立ったまま薪をくべて沸かすことができますから便利ですよ」
「なるほど、機能だけではなく敷地、気候風土、暮らし、使い勝手その他多様な事を工夫して全てを解決してしまう」
「建築は美しく、楽しく、便利な方がいいでしょ」
「住まわれる方も美しく見えるようにと」
「その通り・・・」
靴を脱ぎ右手の階段を吉村先生に続いて上がる。
「おや、手摺が途中で切れていますね」
「ああ、そこは転落と防犯のために建具が仕込んであります」
「水平の建具ですか」
「閉めた建具の上に乗っても大丈夫ですから、移動する床といってもいいかな」
2階に上がり振り向くと、なんと美しく、気持ちいい空間だろうか、まさに「建築界、掌中の珠」言葉が出ない。空中に浮かんでいるような空間は、鉤の手に大きく開けられた窓から夏強い日光に照らされた緑が眩しく、樹々の緑は地上から眺める枝葉とは違う美しさがある。
1階平面図 |
吸い寄せられるように窓辺に近づくと、
「2階に上がってくると、誰でもたいていすぐにその窓辺に近寄っていくんだよ。木の枝が手に取れるようで面白いでしょう」
「建物と自然が渾然と一体に感じ、窓から外も部屋の一部に感じました」
「向こうにモミの木が見えるでしょ、この部屋はあの木に狙いをつけています。大きな木を見ていると、人間は安心感を持ちますから」
「ご主人様、お食事のご用意ができましたが、こちらにいたしますか?」
お手伝いさんが声をかけてくれる。
「今日は外にしよう、悪いけど1階に運んでくれないか」
「かしこまりました」
「他の部屋を見る前に食事にしましょうか」
参考:小さな森の家|軽井沢山荘物語:吉村順三著|建築資料研究社
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